自動車走行特性に関する研究
−スリップ率対制動摩擦係数の計測について−
寺井 靖雄・池田 哲夫・板東 明夫・加賀田 誠
Experimentalresearch on vehicle dynamic−Performance Measurements of slip
ratio and friction coefficients
Yasuo Terai,TetsuoIkeda,Akio Bando and Makoto Kagata
1.まえがき
本学では冬期用タイヤ特性について,長年実験研究を継続してきた。この実験計測技術は時代と共に電子機器の導入などにより,よりミクロな部分の分析ができるようになってきた。
しかし,自動車走行特性実験班の予てからの懸案事項であった,タイヤスリップ率一摩擦係数特性(以下μ−S特性)に関して,小型自動車と摩擦ブレーキの組み合わせによる計測では制動現象が速く解析が非常に難しいものであった。
この度,小型バン型車で摩擦ブレーキ制御によるμ−S特性計測に一応の成果をみたので報告する。
2.滑り抵抗試験車両
μ−S特性を計測する装置は従来から開発されていたが,バス式とかトレーラ式などで,装置が大型のものであった。
筆者は4駆小型バン型車をベースにした,タイヤと路面の摩擦係数を計測すべく2.1のような装置を付加することにより,従来発表されている様なμ−S特性を得ることができた。
この滑り抵抗試験車の特徴として
1.小型であり,ドライバー1名で試験車両の運転をしながら計測操作ができる。
2.タイヤ・ホイールの交換が簡単にできる。
ことである。
表1 タイヤ滑り抵抗試験車両諸元
車 体 形 式 | 三菱自工 ランサーバン JMBLNC37V | ||
駆 動 方 法 | 横置きエンジン パートタイム4WD 前輪駆動ベース | ||
長さ×幅×高さ | 4.185×1.635×1.465 (m) | ||
2名乗車計測条件下重量 |
|
車速計測方法 | 後左車輪一車速検出回転パルス 後右車輪一制動輪回転パルス |
制動輪制御方法 | 空気圧→空気式倍力装置→ディスクブレーキ→ファイナル・ドライブピニオン |
タイヤ・ホイール等荷重 | ホイール13+ドラム3.5+シャフト3.5=20(kgf) |
タイヤサイズ | 175R/7013(内圧200kPa) |
2.1試験車両のレイアウト
横置きFFベース車のパートタイム4WD車のプロペラ・シャフト・センターベアリング後端部分を取り外し,ファイナル・ギヤ,ドライブピニオン・コンパニオン・フランジに小型乗用車のフロント・ディスクブレーキを取り付け,キャリパは取り付け台を介してファイナル・ギヤ・キャリアに固定した。
この制御用ブレーキは,車両の後部荷台に積み込んだ大型トラック用エアタンクから調圧された圧縮空気により空気式ブレーキ倍力装置を介して制動される。この場合の調圧空気は電磁弁により開閉され吸,排気されるようにし,このスイッチは運転席で操作出来るようにしてある。
タイヤと路面の摩擦力を計測する計器は50kgf-mの軸間トルク変換器を右リア・アクスル・シャフトにセットし,先端のスプラインで蕨合するサイドギアは溶接でディファレンシャル・ケースに固定してある。
一方,後左車輪のアクスル・シャフトはデファレンシャル・ギア内でフリーとしてあり,車速検出に使用するセンサは,写真3の様にリヤ・アクスル・ハブ背面にオートバイエンジンのチェーン・スプロケットを取り付け,対ピニオン比12/41で増速,ガソリン・エンジンの光学式ディストリビュータをブレーキ・バック・プレートにねじ止めしてある。
ここからの信号はディストリビュータ4スリット矩形波信号を得られるので,ホイール一回転で41/12×4=13.666の全波信号が入力できる。
図1 制御レイアウト
写真1 制御用ブレーキ | 写真2 後右車軸トルクセンサ部 |
写真3 車速センサ | 写真4 ブレーキ制御用エアタンクと記録装置 |
2.2 使用機器
本実験に使用した計測機器を表2に示す。
表2 計測記録装置の諸元
動 歪 計 トルク変換器 油圧ピックアップ 回転ピックアップ データ・レコーダ アナライジング・レコーダ |
共和電業 DPM305A 共和電業 TP−50KMAB(50kgf−m) 共和電業 PGlOOKU 三菱自工 ディストリビュータ T003T64272形 TEAC RD−111T 8CH 横河電機 3655E 4CH |
2.3 トルク変換器の較正
実測のトルク変換器出力数値が少々大きすぎが気になったので,原因を探るべく空中無負荷状態の40km/h輪速度から実験車のブレーキで制動し,計測車輪回転体の滅速度を計測してみると,車輪速度は図2の様に放物線となり,ホイール・ロックに近づくに従い滅速度は大きくなる予想通りの結果となった。
図2 無負荷制動車輪速度
図3 回転部分無負荷慣性モーメント
摩擦係数計測には,推力による方法もあるが,この場合イナーシャ成分は発生しない。トルク検出による場合でも時間をかけて制動制御する場合には無視もできるであろうが,本実験の様に0.5秒以内でロックする高速ブレーキの計測では,この慣性モーメントを取り除く必要がでてくる。
そこで,次式により制動トルク計測点の慣性モーメントを算出して
Tm:慣性モーメント kgf-m b:滅速度 m/S2 rw:質点半径 m Ww:回転部分荷重 kgf |
処理すると,ほぼ図3斜線部分の成分を取り除くことができたので,次式を使ってμを算出した。
Tw:制動トルク kgf−m r:タイヤ半径 m Wrr:制動輪荷重 kgf |
現在,SI単位を使用するのが本筋であるが,使用したトルク変換器が1991年製であり較正係数がkgf-m表示であること,車両荷重計もkgf表示のため,あえて換算せずに旧単位系を使用した。
2.4 スリップ比の算出
スリップ比の計算は従来アナログ速度の対比で行っていたが,応答遅れがあり精度面で信頼できないところがあった。
本実験では,光信号の矩形半波で直接車体(後左Ll)と制動車輪(後右L2)での時間長さで計算処理をした。
3.計測結果
本実験は2003年1月6,7,8日士別市西士別 積雪寒冷地研究会特設コースにて実測したもので圧雪路面と水盤における,制動速度別,タイヤ種別を変えて実測したデータをデータ・レコーダに収録し,アナライジング・レコーダで出力したハードコピーから読み取った数値をコンピュータ処理する方法によってμ−S特性のグラフを画いた。
図4にアナライジング・レコーダで出力したハードコピーの一例を表
す。
図4
このハードコピーからは,制動経過時間,車体速度,車輪速度,制動トルク,制動油圧を読み取ることができ,経過時間と車輪速度より減速度を演算し慣性モーメントを取り除いた制動トルクより,最終目的のμ−S特性に仕上げた。
μ−S特性の一例を図5〜図8に表す。
新品A 圧雪 20km/h 気温 −0.5℃ 雪温 −5.6℃ |
図5 |
新品A 圧雪 40km/h 気温 −5℃ 雪温 −6.3℃ |
図6 |
摩耗C 圧雪 20km/h 気温 −2.7℃ 雪温 −4℃ |
図7 |
新品B 圧雪 40km/h 気温 −2℃ 雪温 −4℃ |
図8 |
4.まとめ
本試験装置は現車そのものを利用している関係上,計測車輪はバネで懸架されているので,バウンドすれば当然の様に輪荷重が変化することは避けられず,荷重一定で演算している値はバラつきが生じる。このことから,極端に数値の異なるポイントは削除してグラフ化した。
また,本実験に使用した新品タイヤは500kmの慣らし運転後のもので,新品5種,摩耗2種,スパイク1種その他スムースタイヤの計9種の計測を行いデータを保存した。
上記のμ−S特性グラフによると,圧雪+1cm新雪上では,新品スタッドレスタイヤA,B,70%磨耗スタッドレスタイヤCでの全般的性能面で大きな変化はなく,図5,図7の同タイヤAにおいてスリップ率20%付近での制動初速度の違いによるμの値に0.1程度の差を観察することができ,低制動初速度優位の特性となったが,ロック時においてのμには大きな変化は認められなかった。
この特性は,ABS車とノンABS車の制動性能に影響を与えるものである。
以上,今回は数種のデータの紹介のみであったが,他研究機関で行った値に近いμ−S特性を,小型で簡単な装置であっても慣性モーメントを除去することによって,割りと精度の高いμ−S特性を画くことが出来たのではないかと思う
5.あとがき
本実験日程は曇天,たまに小雪交じりの天候であり,コース上は圧雪とはいえ時に1cm程度の積雪があり,日程3日間の路面状況は必ずしも一定ではなかった。
またデータの読み取りは当初パソコンで行う予定をしていたが,ソフト開発に手間取り,アナライジング・レコーダ出力のハードコピーをデバイダーで直接寸法を読み取る原始的手法で行った。
今回は制動初速度60km/hも計測もしているので,パソコン入力読み取り専用器種,横河電機製WE7000を購入したので,今後は,より計測精度と計測範囲を向上させる事と,更に計測条件を変えての実験を継続していくつもりである。
本実験は本学交通科学研究所の助成を受けたものであり,関係各位に感謝申し上げます。
参考文献
自動車技術ハンドブック1
社団法人 自動車技術会1990発行 pp132
高速走行時のすべりと路上雪質に関する研究
加釆照俊
寒冷地における高速道路の雪害と対策の研究
代表 板倉忠三 昭和50年発行 pp25〜49