燃料電池自動車の試作
高橋正則・土田茂雄
1.はじめに
昨今,地球温暖化など環境問題が叫ばれる中,燃料電池,太陽電池,風力発電などのクリーンエネルギーが注目されている。燃料電池は,出力密度が高く,環境負荷が小さいことから,自動車用エネルギー源として期待されている。自動車産業界を中心に燃料電池自動車を実用化するため,研究が精力的に行われているが,燃料電池自動車の実用化にはしばらくの期間を要すると考えられる。
筆者らは,出力が85Wの汎用燃料電池を競技用電気自動車に搭載し,試験走行を行った。鉛蓄電池を燃料電池に置き換え,モーターに安定的に電力を供給するために電気回路の改善を行い,さらに水素ボンベを保温するために冷却対策を施すことによって,平均速度17km/hで安定した走行ができた。本稿では燃料電池自動車の試作と試験走行の結果について報告する。
2.純水素固体高分子型燃料電池
純水素を燃料として用いる燃料電池の,正極および負極の電極反応は,それぞれ(1)および(2)式のとおりである。負極で発生する水素イオンは負極と正極の間にある電解質の内部を移動して正極に到達し,電子は外部回路を通って正極に到達し,それぞれ正極で消費される。
正極 4H+ + O2 + 4e- → 2H20 (1)
負極 2H2 → 4H+ + 4e- (2)
燃料電池の正極と負極の間には,水素イオンを移動させる電解質が介在し,電極と接触していなければならない。電解質の種類によって燃料電池は表1のように4種類に分類される。このうち,自動車に適した燃料電池は,イオン交換性高分子と呼ばれるプラスチックの膜を電解質として用いた固体高分子型燃料電池(PolymerElectrolyteFuelCell:PEFC)である。一般に,固体の高分子は液体の電解質に比べてイオン伝導に対する抵抗が大きいので,伝導率を低下させないように高分子電解質の薄膜が用いられる。それによって燃料電池の薄型化が可能になる。
表1 燃料電池の分類
種類 | 電解質 | 発電出力 | 作動温度 | 期待される用途 |
---|---|---|---|---|
固体高分子型 (PEFC) |
固体高分子膜 | 〜100kW | 常温〜80℃ | 携帯用,自動車, 家庭用 |
リン酸電解質型 (PAFC) |
リン酸 | 〜1000kW | 160〜210℃ | 業務用 工業用 |
溶解炭酸塩型 (MCFC) |
溶解炭酸塩 | 1〜10000kW | 600〜700℃ | 工業用 分散電源用 |
固体酸化物型 (SOFC) |
安定化ジルコニア | 1〜10000kW | 900〜1000℃ | 工業用 分散電源用 |
PEFCでは高分子電解質膜を用いているので,電解液の漏れがなく,両極間のガス差庄制御が不要となる。約60℃〜80℃で作動し,約40%のエネルギー変換効率と,1kw/L以上の高出力密度が得られる。図1に一般的なPEFCの単セル構造を示す。
図1 PEFCの一般的な構造
カーボン担体に白金などの電極触媒を高分散したものを多孔質支持体の表面に薄くコーティングしてガス透過性の電極層を形成させ,この電極層で高分子電解質膜を両側から挟み込んだ,厚さが約1mmの膜を膜電極接合体(Membrane
Electrode Assembly:MEA)という。MEAの片面には水素,もう一方の面に酸素(空気)が供給されるように流路付セパレータでMEAをはさんだ構造を有するものを単セル電池という。単セル電池の実際的な起電力は0.6V〜0.8Vであるので,実用的なPEFCでは,単セル電池を直列に積層して高出力を得ている。
今回の実験では,20セルを積層した大同メタル工業(株)社製の純水素固体高分子型燃料電池を電源として用いた。この燃料電池には,正極に酸素を供給し,あわせて正極で発生する水蒸気を除去できるように,送風ファンが外部に取り付けられている。水素は,水素吸蔵合金を用いたボンベから圧力調整弁を介して0.07MPaに調整して燃料電池に供給した。水素吸蔵合金ボンベ(以下,水素ボンベ)の水素充填には充填装置を用いた。実験に使用した燃料電池および水素ボンベの外観を図2および図3に,それらの諸元を表2および表3に示す。
図2 燃料電池
表2 燃料電池の諸元
品名 | HFC−1275 |
メーカー | 大同メタル工業 |
定格出力 | DC12V/85W |
水素供給圧力 | 0.07MPa±0.01MPa |
寸法 | 60×85×70mmX2個 |
重量 | 3000kg |
使用環境温度 | 5 〜35℃ |
送風フアン | 1.08WX12個使用 |
水素消費量 | 約1000mL/min(85W) |
図3 水素ボンベ
表3 水素ボンベの諸元
品名 | 水素吸蔵合金ボンベ |
メーカー | 大同メタル工業 |
容量 | 60NL |
庄力 | 0.5MPa |
寸法 | Φ50mm×200mm |
重量 | 0.9kg、 |
レギュレ一夕 | SMC社製 |
圧力調整範囲 | 0〜0.2MPa |
配管 | Φ4mmポリウレタン |
3.燃料電池の動作確認
自動車用ヘッドライト2個を電気負荷とし,燃料電池の動作確認を行った。その際,水素ボンベ1本(60NL)から水素を供給し,燃料電池出力の電圧,電流,各部の温度を計測した。燃料電池の電圧,電流変化を図4に,燃料電池・水素ボンベの温度変化を図5に示す。
図4 燃料電池の電圧((5)),電流(A)変化
図5 燃料電池(FC)・水素ボンベ(MH)の温度変化
動作の状態は,発電開始後約9分で,燃料電池出力が低下し,その後,動作が停止してしまうものであった。この結果から,燃料電池を電気自動車に搭載し連続動作させることを想定した場合,以下の3点が問題となった。
(1)水素ボンベの冷却
図5のとおり,発電を開始すると燃料電池温度が上昇していく一方,水素ボンベ温度は低下する。冷却は急激に進み,圧力が低下,約9分間で燃料電池の出力が低下してしまう。また,出力の停止を確認した後,水素ボンベのコックを閉じたが温度が回復するまでに長時間を要するこ とが判明した。これは,水素吸蔵合金から水素が離脱する際の吸熱反応が原因で,急激に水素を放出した場合,ボンベ容器ならびに吸蔵合金の温度が著しく低下し,水素を放出する熱エネルギーが得られないためである。
(2)送風ファンの停止
燃料電池に酸素を供給する送風ファンは発電電力で駆動される。燃料電池電圧が低下すると, 送風ファンの駆動電圧も低下し送風量が減少する。これにより,セル内の水分除去と反応用酸素の供給量が低下し,更に発電電圧が低下するという悪循環に陥ることになる。
(3)高負荷時の動作
電気自動車の駆動用モーターは,発進や加速の際に一時的に大きな電流を必要とする。燃料電池の能力を超えた高負荷がかかった場合,端子電圧が急激に低下し,その回復に時間を要する。高負荷状態が一時的であっても,安定した発電作動に影響を与えることになる。
4.燃料電池を連続動作させるための対策
燃料電池を連続動作させ,モーターに安定した電力の供給をさせるため,以下の対策を行った。
(1)水素ボンベの冷却対策
水素ボンベの水素放出圧力は水素吸蔵合金の温度に依存するため,安定的に水素を供給するには水素ボンベの冷却対策が必要となる。そこで,燃料電池の反応エネルギーの一部が熱として放散されることに注目し,その熱を利用して水素ボンベを保温する方法が有効と考えた。そこで,燃料電池本体の熱を伝熱板によって水素ボンベに伝え,更に,放散される熱によって水素ボンベ周辺の雰囲気温度を上げる工夫をした。具体的には,厚さが1mmのアルミニウム製の円筒型伝熱板の内部に水素ボンベを密着させ,伝熱板を燃料電池の端部金属ブロックに密着固定をする ことで一体化し熱伝達をさせた。これを運転席下部の仕切られた狭い空間内に据えて,水素ボンベ周辺の雰囲気温度を高く保った。
(2)送風ファンの停止対策
燃料電池の端子電圧が降下した場合でも,送風ファンの安定した回転速度を得るため,燃料電池にDC・DCコンバータ(V−In8〜16V,V−Out12V)を介して送風ファンを接続した。
(3)高負荷時の対策
モーターの起動または加速の際には,一時的に大電流が必要となる。この対策として一時的な高負荷を分散する電気回路が有効と考えた。そこで,燃料電池に電流ポンプ(降庄型DC・DCコンバータ)を介して電気二重層キャパシタ(以下,キャパシタ)を接続した。低負荷時には燃料電池の余剰電力をキャパシタに蓄電し,高負荷時にはキャパシタの電力で燃料電池を補助する電気回路とした。更に直列接続されたキャパシ夕闇の充電不均衡を調整するため並列モニター(充電バランス回路)を用いた。キャパシタの外観を図6に,その諸元を表4に示す。また,電気回路の概略図を図7に示す。
図6 キャパシタ
表4 キャパシタの諸元
品名 | PSAP2R5−470RD03A |
メーカー | Power System社 |
サイズ | Φ35×55Lmm |
重量 | 6毎 |
静電容量 | 470F±10% |
定格電圧 | 2.5V |
内部抵抗 | 45mnΩ |
バンク構成 | 5直列(12.5V−94F) |
バランス回路 | 有 |
図7 電気回路図
5.燃料電池自動車の試験走行
競技用電気自動車に,燃料電池を搭載し試験走行をするにあたって,従来の鉛バッテリの競技車両に対して走行性能の比較をする意味で,本学主催の競技会である2003 Econo Power in GIFUにオープン参加という形で出場した。競技時間は1時間で,その間の走行距離を競うものである。
競技用電気自動車の外観を図8に,その諸元を表5に示す。
図8 競技用電気自動車
表5 競技用電気自動車の諸元
全長 | 2540mm |
全幅 | 700mm |
仝高 | 590mm |
ホイール・ベース | 1300mm |
トレッド | 650mm |
車両重量 | 22kg |
フレーム | アルミ・スペースフレーム |
ボディ | GFRP |
タイヤ | 20×1.75 |
ステアリング機構 | アッカーマン・ジャント式 |
ブレーキ装置 | 自転車用キャリパ |
モータ | DCブラシレス |
速度制御 | PWM制御 |
駆動機構 | チェーン・ドライブ |
走行する際,水素ボンベ(60NL)は2本搭載し,その両方から同時に水素を供給した。また,走行中の燃料電池,水素ボンベ及び電気回路の動作を確認するため,データロガーを車載し各部の温度,電圧,電流を計測した。
燃料電池・水素ボンベの温度変化を図9に示す。燃料電池,水素ボンベとも安定した温度域での動作が確認できる。競技当日は雨天のため外気温が低く,水素ボンベの冷却が懸念されたが,冷却対策の効果があり連続動作ができた。
図9 燃料電池(FC)・水素ボンベ(MH)の温度変化
燃料電池・キャパシタの電圧変化を図10に示す。燃料電池電圧は,常に定格電圧の12V以上で動作している。また,燃料電池電圧に変動がある一方,キャパシタ電圧は,車両発進時を除きほぼ一定である。このことは,巡航走行時の負荷変動が,燃料電池の出力能力の範囲で吸収されため,キャパシタの充放電が頻繁に行われなかったということである。モーター負荷に対する燃料電池の出力能力にはまだ余裕があると言える。
図10 燃料電池(FC)・キャパシタ(Cap)の電圧変化
燃料電池・モーターの電流変化を図11に示す。巡航走行時は,燃料電池電流とモーター電流はほぼ同値を示しているが,高負荷となる車両発進時には,モーター電流に対して燃料電池電流のピーク値が低く,キャパシタによる負荷分散が確認できる。
図11燃料電池(FC)・モーター(M)の電流変化
競技は,562.2mのコースを30周し,走行距離は,17.032kmという結果であった。鉛バッテリを搭載した競技車両に対しても遜色のない記録であった。雨天による悪条件でリタイヤする車両も多い中、ドライバーの慎重な運転により1時間の競技を完走できた(図12)。しかし,走行中には幾つかトテブルもあったようで,ドライバーの談話と各データから走行中の様子が推測できる。
・10時24分競技がスタートされた。発進時のモーター電流値が7Aまで立ち上がっている。
・スタート直後,電流ポンプとキャパシ夕闇のスイッチがOFFの状態であったため,燃料電池からの電力供給がなく車両が停止してしまった。キャパシタ電圧が降下している様子に表われている。その後,ドライバーが異変に気付きスイッチをONにして再スタートした。
・11時10分頃,他の車両と接触しそうになり,回避したところコース脇に脱輪してしまう。オフィシャルに引き上げてもらい再スタートした。
・11時18分頃,オフィシャルが示す黄旗をレース終了の合図と勘違いし車両停止。勘違いと気づき再スタートした。
・11時24分競技終了。
図12 競技中の走行の様子
6.まとめ
燃料電池で電気自動車を走行させる機会を得た。最初は,燃料電池もバッテリも電源に変わりはないと安易に考えていたが,バッテリと比べて取扱いが非常に難しいとことが分かった。
動作確認の結果をもとに改良を行い,2003Econo power in GIFUでは悪天候の中で1時間を走りきったことは大変良かったと思う。しかし,燃料電池出力にはまだ余裕があり,更なる高負荷動作が可能である。また燃料電池の通気環境の改善,電気回路の高効率化など課題が残されており,引続き研究活動を行いたいと考えている。
今回の試験走行にあたっては学生諸君の多大な協力を得た。雨の中ドライバーを勤めてくれた本科1年生の佐久川千恵子君,メカニックとして活躍した本科2年生の大槻明宏君,山本昭光君,柄本隆徳君,西田猛志君,心より感謝をしている。
最後に,大会参加にあたり多大なご協力とご理解を頂いた西側助教授をはじめ学内諸先生方に謝意を表するとともに,技術的なご指導を頂いた大同メタル工業(株)の川瀬豊氏,高木武久氏に謝意を表します。
参考文献
1)高橋正則,神谷伶,竹田修一郎,渡慶次直,仲野淳史,川島尚也,三浦貴志:FRPによる省エネEV用カウリングの試作,中日本自動車短期大学論叢,第31号,2001,p.37−42.
2)高橋正則:電気自動車用電源回路の一考察,自動車整備に関する研究報告誌,第30号,2001,p.46−49.
3)高橋正則:2002 World Econo Movein Akitaの報告,中日本自動車短期大学論叢,第32号,2003,P.49−55.
4)岡村辿夫:電気二重層キャパシタと蓄電システム,東京,日刊工業新聞社,1999,p.237
5)株式会社CCR,日本ケミコン株式会社:電気二重層コンデンサTechnicalNote,P.5
6)池田宏之助:燃料電池のすべて,日本実業出版社,2001,p.219
7)大同メタル工業株式会社:燃料電池と水素吸蔵合金の概要と取扱い方,2003,p.